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いつもこの大地から、命をもらう。

半島に初めて行ったのは、もう25年前になる。
新潟からウラジオストク、ハバロフスク(以上ロシア)、ハルビン、北京、天津(以上中国)と回って、最後にソウルに入った。

天津から飛んだのはわけがある。私が北京からソウルへ移動しようとしたとき、直行便はない、と空港職員は言う。なにせ、このとき中国では、英語も日本語もことごとく通じない。鎖国状態。だから隣国の韓国との国交も怪しいものだった。
北京空港でなんの意思疎通もできず、このままどうなってしまうのか、途方にくれた。
しかし人間、途方に暮れると、いわゆる火事場のなんとかで突拍子もないことを考えるものである。私は空港の奥にある、ドアが半開きの小部屋をのぞいた。
めがねのふっくらとした男性が一人、暇を持て余していた。年は30歳後半か。英語で話しかけると、意外にも、彼はネイティブスピーカーなみの会話力。嬉しくなり、助けを求め、ついでに今までの旅を披露すると、男性は愉快そうに腹をゆすって笑った。男性は電話をとると、おそらく内線であろう、あちこちからチケットの情報を集めてくれた。おかげで、明日、天津からソウルへ飛べる、だから今から天津に行け、となったが、退室際によく見ると、その男性がもたれる椅子の横に誇らしげにはためているのは、北朝鮮の国旗であった。

ロシアと中国が推すイデオロギーの北朝鮮。アメリカのイデオロギーのバックアップを受ける大韓民国。北京空港のその小部屋は、実はそのときの半島の今までと、今を象徴していた。

天津からソウルにとんだ。KAL(大韓航空=国営)ではなかったことを覚えている。

金浦空港が香辛料と土のにおいで外国人を歓迎するのはほかのアジアエアポートと同じだが、しかし一つだけ、何かが違っていた。

血である。地の下、いや、地そのものに血が流れている。ドクドクと、ものすごいうねりが足を伝い、這い上って胃袋まで揺さぶる。なんなんだ、これは。なんなんだ、これは。
大陸の多くの植物がそうであるように、ここに降り立った「人」も、大地の幹から、生きる力をもらう。命を